古くは、日本最古の貨幣を「和同開珎(わどうかいちん)」としていましたが、今日では「富本銭(ふほんせん)」こそが日本最古の貨幣だという認識に変わりつつあります。

そもそも「富本銭」とは何?

富本銭とは、穴あき銭の形をした日本最古の貨幣で、表側に「富本」の文字と七曜星の模様(7つの点からなる模様)とがあり、裏側は無文字で丸い外周枠と四角い穴枠だけしかない銅貨です。富本銭は、江戸時代からその存在を知られていて、当時の貨幣コレクターのコレクションにも含まれていました。当時の貨幣カタログである『和漢古今泉貨鑑』(元禄7年刊)にも図柄付きで掲載されています。しかし、当時の知識では、この富本銭が日本最古の貨幣であることまでは分かりませんでした。それまで、日本最古の貨幣は和同開珎とされ、富本銭は正体不明の謎の穴あき銭でしかなかったからです。

富本銭の正体が判明

1999年、飛鳥京跡の飛鳥池遺跡から富本銭が33点も発掘されました。これは、遺跡から発掘された量としては、最大規模となるものです。割れた状態のものが多く、完全形に近いものでも、仕上げ加工がなされていませんでした。また、富本銭の鋳型も発掘されています。つまり、飛鳥池遺跡は、貨幣鋳造工房であったわけです。本格的な貨幣鋳造工房であることが判明し、富本銭は、日本最古の貨幣である可能性が高まりました。富本銭は、日本最古の流通貨幣ではなく、まじないの道具(厭勝銭:ようしょうせん)とする説も有力でした。ですが、まじないの道具を大量生産することは考えにくいため、日本最古の流通貨幣の可能性が有力とされました。なお、富本銭よりも古いものに、「無文銀銭」と呼ばれる物がありますが、こちらは正式なものではありません。

富本銭の魅力

富本銭は、学術的に日本最古の貨幣と決まったわけではありませんが、ほぼ間違いないでしょう。残存数が少ないため、どれほど流通していたのか疑問が呈されているのも事実ですが、何事も最初のものは実験的となりますから、発行数が少ないのも仕方ありません。今後、公的機関による発掘が進むに連れ、発掘例も少しずつ増えるでしょうが、これらの全ては博物館行きです。市場に出ることはありません。滅多に古銭市場に出ることはないでしょうが、日本最古の貨幣として富本銭が売り出されることがあれば、途方もない高額なものになります。過去には1000万円の鑑定額になったものもありました。保存状態や字体の変化で稀少性も違ってきます。