今回は、中国骨董の中でも人気のある李朝白磁について説明します。美術品としても非常に価値が高いのですが、骨董品としては昔から取引されている中国骨董ですので、もしかしたら皆さんの家の押し入れや倉庫などで眠っているかもしれません。

李朝白磁とは

陶磁器のなかでも白色でシンプルなフォルムの美しい「白磁」は、もともと6世紀の中ごろから中国で作られるようになり、唐時代に発展していったと考えられています。白磁は白い土を原材料にして作られますが、陶土によっては焼き上がると黒や茶色が出る場合もあります。その場合は白い土を水に溶かして器体に塗るなどの技法が用いられて、より温かみのある美しい色合いの「白色」の仕上がりを求められるようになりました。やがてこの白磁の製作技術は1392年に李成桂が開いた朝鮮の李氏王朝時代に朝鮮半島に伝わります。当時の李氏王朝では朱子学が普及していて、それに伴って清廉潔白さや高潔さが重視される時代となっていました。白磁の「白色」はそうした李氏朝鮮時代の王朝や貴族、官僚にとっての清廉、高潔さを象徴として考えられ、やがて上流階級の間で日用品としても広く普及していきます。それ以降、現在に至るまで朝鮮半島では李朝白磁が作られ続けており、近年では李朝白磁を専門とする陶磁器作家も多数存在しています。李朝白磁の中でも高級品は王朝の食事をつかさどる「司?院(しよういん)」という部署の分院で製作されたことから、そうした高級白磁のことを「分院」と総称します。

李朝白磁の年代別特徴

李朝白磁は大きく3つの時期に分けられます。まず李朝初期と呼ばれる時代が14世紀から16世紀です。水で溶かした白い土で上塗りした上に凝った装飾を施しているのが特徴です。ソウル近郊の鶏龍山で製作されましたが、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に優れた陶工が多数連れ去られて大打撃を受けます。残った陶工たちは白い土を求めて現在の広州市の道馬里に移動します。その後は清の侵略などを受けて一時製作が中断されますが、道馬里などで培われた技術が18世紀前半に現在の驪州市(ヨジュ市)金沙里に再建された分院に引き継がれます。この金沙里で製作された18世紀中ごろまでの磁器を李朝中期と呼びます。この時期の李朝白磁はそれまでの灰白色から乳白色に変化し、コバルトを用いて白磁に絵付けをされるようになるのも特徴です。ちょうど李氏王朝の最盛期でもあり、すぐれた作品が数多く生み出された時期として美術史的にも重要な時期とされています。しかし、王朝の勢力に陰りが見え始めると分院は民営化され、現在の広州市分院里に窯が移転します。このころになると中国からコバルト顔料の輸入が増え、赤い色の染付もされるなど色鮮やかなものとなり、庶民向けの磁器も生産されるようになりました。李朝白磁については前期の鶏龍山期、中期の金沙里期、後期の分院里期の3つがあると大まかにとらえておきましょう。


美術品・骨董品としての李朝白磁の特徴を知っておこう

李朝白磁の全体的な特徴は白い色合いと底の厚さです。特に王朝で使われていた高級白磁である「分院」は重量的に重いのも特徴です。美術的、骨董的な価値は肌触りの良さや白色の美しさなどが特に重視されます。時期別でみると李朝中期の金沙里期の作品は全体的に人気があり、金沙里に中心が移る前の道馬里で作られた作品はさらに数も少なく貴重なので、状態が良ければかなり高値で取引されています。本格的に白磁について学びたい場合は東京の国立博物館の東洋館など、全国の博物館や展覧会で本物の李朝白磁の名品を見て回るのもいいでしょう。磁器の鑑定は素人では難しい場合が多いので、もし家の掃除や整理などでそれらしい磁器を見かけた場合は、あわててネットオークションなどにかけたりせずに、専門の骨董品店や取り扱い実績のある出張買取サービスなどを利用して、プロの目で鑑定してもらうようにしましょう。出張買取サービスの多くは低価格で出張査定をしてくれる業者も多く、中国骨董を専門とする査定員もいるので安心です。特に李朝白磁は重量のある作品が多くて破損の可能性も高い美術品ですから、出張買取サービスなどを利用すれば自分で骨董店などに運んだ時に破損してしまうリスクも避けられるのでおすすめです。